橡谷山砦
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橡谷山砦

■概要
橡谷山砦(とちたにやま)は賤ヶ岳の戦いの際に、金森長近が籠もったとされる陣城です。天正11年(1583)に羽柴秀吉と柴田勝家が、激突した賤ヶ岳の戦い。柴田方は、柴田勝家の本陣が玄蕃尾城、行市山砦に佐久間盛政、別所山砦に、前田利家、中谷山砦に原長頼、橡谷山砦に金森長近・徳山秀則が布陣して羽柴方と対峙しました。これら柴田方の城砦は、約一ヶ月の間、布陣して羽柴軍と対峙していましたが、山の尾根伝いに繋がり連絡とれるようになっています。

■私見
まず、現地案内標と滋賀県中世城館報告書の砦名と場所が異なっております。中世城館報告書では、中谷山砦の標柱のある所が橡谷山砦、別の場所を中谷山砦推定地として記録します。今回は現地案内を優先して記載させていただきますが、現在の橡谷山砦の場所は、行所山・別所山へいく山道と林谷山へいく分岐点にある案内板から下に降りた見晴らしの悪い削平も甘くて狭い微妙な場所に金森長近の陣跡の碑があります。柴田方の城砦は土塁や虎口など本格的な陣城は少ないのですが、にわかに200〜300が長期間駐屯するには相応しくない場所です。個人的には、柴田方の参陣武将の城砦は守備している武将が書物によって異なっていることもあり、滋賀県中世城館報告書の中谷山砦の標柱のある所が金森長近の布陣した場所だと信じたいです。

■アクセス
橡谷山砦の所在地  滋賀県長浜市余呉町地源  国道8号線〜国道365号線〜余呉町今市地区、目標物、毛受兄弟の墓


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